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2011-01-09 11:46 | カテゴリ:雑記
ジャンル:ペット テーマ:レトリーバーと暮らす
今日の大和地方、曇ってます
こんな感じ、朝方は時々日がさしてましたが・・・

s-P1020648.jpg
それにしても、相変わらず非協力的なホーちゃんです。
横の草食べてます。いくら呼んでも知らん顔
しつけした人の顔が見てみたいわ・・・て私なんですけどね(笑)

インカしゃんが来ているのはお友達のサファ君のおばあちゃんが作ってくれたお洋服
ホーちゃんもお揃いで作ってもらったのに、どうしても着ないと言うの。
まあ、いつでも元気印のホーちゃん、寒いこともないか。

きのうは一日中晴れていいお天気でした。
雲ひとつなくて夕焼けがきれいでしたよ。
s-P1020641.jpg


今年のお正月はちょっといいお正月でした
何年も会えなかった弟と、父と、主人と鍋を囲んで楽しいひと時が持てました。
まだまだ問題はありますが・・・でもちょっと安心

父のH家一族の話に花がさきました。
私が子供の頃、アル中で、いつも私の実家へ来てはくだをまいていたKおじさん。
私の父のおじさんで、祖母の弟です。私にとっては大おじさん・・かな?
よく、「酒を飲んでうちの家へ来るな!飲んでない時に来い。」と、祖母におこられていました。
実家は商売をしているので、店先でくだをまかれると困るのです。

父の話だと、戦争から帰ってからアル中になったそうです。
Kおじさんは、足が速く、大会で何度も優勝したことがありました。
戦争では常に最前線に送られ、最後は南太平洋のソロモン諸島にあるガダルカナルだったそうです。

ガダルカナルでは、何万人もの人が戦死し、帰って来たのはわずか40人余り。
この辺の数字は父の話なので、本当かどうか正確なところは分かりませんが。
おじさんは、その40人の中のの1人だったのです。

ガダルカナルでは、戦いで死ぬより、ほとんどは飢えと病気で死んだと言われています。
そんなところから帰って来たのです。
何を食べて生き抜いてきたのか想像を絶するものがあります。
それは悲惨な状況だったのでしょう。

生前、Kおじさんは、父と二人でテレビを見ている時に、ちょうど戦争の事をやっていたのですが、「あんなもんじゃなかった・・」と言っていたそうです。

幸い、戦後、市役所に勤めることができたのですが、お酒を飲みだすと1週間も飲み歩き、最後は祖母をたよって実家に来ていたのだとおもいます。
何度も病院に入院し、その度にもう飲まないと誓い、でも飲まずにはいられない、そんな状況だったのでしょう。

Kおじさんは、体を壊して早くに亡くなりました。
お葬式には、ガダルカナルで同じ隊にいた人で、おじさんと同じように生き残った人がきてくれたそうです。
おじさんは軍曹で、その人はおじさんに
「おまえ、死にたくなかったら、俺から離れるなよ!俺に着いて来い。」と言われ
必死でおじさんの後をついて走ったそうです。
ただ、何もせずに必死で走って着いていったそうです。
そしたら、生きて帰って来れた・・・とお葬式で言っていたそうです。

おじさん、きっと辛かったんだね。だからどうしようもなくて、飲んだんだね。
頭からあの時のことが離れなかったんだね。

話をきいて、今まで迷惑なおじさんだと思っていたけど、目頭が熱くなったわ。
今のこの日本の生活は、多くの方々の犠牲のおかげなんですね。
話が聞けてほんとうに良かった。

今は幸せだね。就職難でも、不景気でも、日本は平和だもの。
この寒空の中、大変な方もいらっしゃるだろうけど、
感謝しつつ

がんばっていきまっしょい!



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